2011年10月15日土曜日

いつか自分はいなくなる

大震災以降,必ず心にあること。
それは,いつ自分がいなくなるか分からないということ。

それまでは,教師としての立ち位置を
「子どもを引っ張り上げる」
「子どもと一緒に進んでいく」
という,どちらにするか,決めかねている部分があった。

自分は「子どもと一緒に進んでいく」スタンスの方が向いている。
前任校でも,それでやってきた。
しかし,学力をどう考えるかという迷いもあり,
昨年は「引っ張り上げる」スタンスを取った。

いつ自分がいなくなるか分からない状況だと,
引っ張り上げられて育った子どもたちは,引っ張ってくれる人がいなくなったときどうなるのか。
それは,
出張の時にケンカが増える。
他の先生になると授業がなかなか成立しない。
というクラスの姿となって現われる。

いつものテンポ,スピードで慣らされている子どもたちは,
与えられるものに素早く反応し,一見育っているように見える。
しかし,与えられなくなった途端,メッキがはがれ始める。
引っ張り上げることも,かなり力がある教師が行えば,このようなことはないのだろうが,
私のような迷いがあるレベルでやっていると,どうにもならないことになる。

やはり,自分がいなくなっても子どもたちだけでやっていけるクラスを作りたい。
そのためには,「子どもたちと一緒に進んでいく」スタンスがよい。
一緒にクラスの作り方を学んでいくのだ。
ゆっくりでも,子どもたちは自分たちだけでできるようになっていく。

いつ自分は死んでもいい。
そういう実践をしていきたい。

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